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2008年09月27日
最近のアートジム・一挙更新!
Tシャツを創ろう
![]() |
| Tシャツをキャンバスにしよう! 08/09/24 18:16 |
真っ白なTシャツを久米繊維工業さんからおわけいただきました!!まっしろなキャンパスに布用のクレヨン・マジックそしてドライヤーでモコモコするインクを使ってラクガキ開始!小さなアーティスト達は、一体どんな作品を創るのでしょうか!!?
石ころでアートを創ろう
![]() |
| 石ころアート 08/09/17 18:09 |
拾ってきた小さな石ころ。よく見たら面白い形がいっぱいあるね!おもいおもいの色で塗って、世界に一つの作品にしあげようね!
お面をつくろう!
![]() |
| 紙のお面を創ろう! 08/09/13 13:34 |
色画用紙を使って楽しいお面を創ります!カンタンにできるので、子供達は「もっとつくる〜!」となります!
お面をつくろう!
| 送信者 お面をつくろう! 08/09/03 |
自由に楽しくお面を創ろう!
![]() |
| お面を創ろう〜仕上げ編 08/09/10 |
お面を創ろう(仕上げ編)
2008年09月21日
ひとしくんが亡くなりました
2008.9.20にひとしが住んでいた鎌倉の部屋にいってきたので、分かる範囲で情報をかきます。
2007.9月半ばにおれが鎌倉のひとしの家に遊びに行ったときは元気だったよ。由比ヶ浜の海岸で子供と一緒に海水浴を楽しみました。アメリカ人の彼女ステーシーちゃんも紹介してくれて一緒に遊んだな。
2003年くらいから鎌倉に住み始めたひとしくん。ずっと前から世界中を旅して、日本に帰る度に遊びにきてくれたりしていた。バックパッカーとして旅行中にジュエリーや皮細工の加工を覚えて、様々な作品をつくっていたよ。最近では徐々にそのスピリチュアルな作家性が認められ初めて、雑誌でとりあげられたりして人気が出てきていた。
2008年10月に「おなかが痛い」と東京の病院にいったらそのまま検査入院。6週間の検査後でた結論は「ステージ4の胃ガン」だったそうだ。※ちなみにステージ4とは末期ガンだそうだ。
実家から両親が出てきて鎌倉の部屋で闘病生活。
2008.4ごろに埼玉にある病院で痛みと闘いながら入院生活を送っていたそうです。
2008.5 病院でなくなったそうです。お葬式は鎌倉のアトリエ兼自宅で行われたらしいです。
同じ大学の後輩で、えびのライブツアーで一緒に全国をまわったひとし。クラブチッタワンマンではきじの格好をガッパと一緒にやってくれました。
ひとしとは、えびのほかに「クンタキンテ」というバンドをやっていて、そのころのテープを聞いたよ。ふたりともRCが大好きで、たくさん曲をつくってテープにふきこんでいた。テープの中でひとしが「おいらはひとし!19歳!」「おいらは華丸21!」といっているところがあるので、18年前の録音って事になります。CDに落として遺影の前に置いてきた。
生前に連絡がほしかったけど、痛みでそれどころじゃなかったんだろうな。
ひとしが住んでいた部屋に今、ステーシーちゃんが暮らしていて、弔問客をむかえいれてくれるよ。大学時代の友人達に声をかけて総勢11人でおしかけたんだけど、いやな顔一つせずに、本当に心から喜んでぼくらをむかえいれてくれた。彼女と話していると本当にひとしのことを愛していてくれたのがビシビシと伝わってくる。ひとしは最後に彼女のような素敵な人と一緒にいれてしあわせだったと思う。
鎌倉に「まごころ」というビーチ沿いのダイニングバーがあって、ひとしは生前ここでよくあそびにきていたらしいです。ステーシーから聞いたのですが、オーナーはひとしのために入院費のカンパをつのったり埼玉までの送り迎えをかってでたり本当によくしてくれたらしいのです。ぼくもご飯を食べに行ったが残念ながらあえなかった。
まだ時期は未定だけど、「まごころ」で、ひとしを知る人で集まってパーティをやりたいという声があがっているんだって。写真やビデオをもってあつまってワイワイやろうと。もしパーティの日程がきまったらお知らせします。
http://allabout.co.jp/travel/travelyokohama/closeup/CU20060707A/
鎌倉には分骨されたお骨と遺影があります。ステーシーにも生活があるので弔問はできるだけまとまっていったほうがいいよな。行きたいヤツがいたら、アテンドするので電話ください。 090-6512-5956(華丸携帯)
心からご冥福をお祈りします。
http://openers.jp/fashion/news/tokyo_junpou/tokyo_report35.html
2007.9月半ばにおれが鎌倉のひとしの家に遊びに行ったときは元気だったよ。由比ヶ浜の海岸で子供と一緒に海水浴を楽しみました。アメリカ人の彼女ステーシーちゃんも紹介してくれて一緒に遊んだな。
2003年くらいから鎌倉に住み始めたひとしくん。ずっと前から世界中を旅して、日本に帰る度に遊びにきてくれたりしていた。バックパッカーとして旅行中にジュエリーや皮細工の加工を覚えて、様々な作品をつくっていたよ。最近では徐々にそのスピリチュアルな作家性が認められ初めて、雑誌でとりあげられたりして人気が出てきていた。
2008年10月に「おなかが痛い」と東京の病院にいったらそのまま検査入院。6週間の検査後でた結論は「ステージ4の胃ガン」だったそうだ。※ちなみにステージ4とは末期ガンだそうだ。
実家から両親が出てきて鎌倉の部屋で闘病生活。
2008.4ごろに埼玉にある病院で痛みと闘いながら入院生活を送っていたそうです。
2008.5 病院でなくなったそうです。お葬式は鎌倉のアトリエ兼自宅で行われたらしいです。
同じ大学の後輩で、えびのライブツアーで一緒に全国をまわったひとし。クラブチッタワンマンではきじの格好をガッパと一緒にやってくれました。
ひとしとは、えびのほかに「クンタキンテ」というバンドをやっていて、そのころのテープを聞いたよ。ふたりともRCが大好きで、たくさん曲をつくってテープにふきこんでいた。テープの中でひとしが「おいらはひとし!19歳!」「おいらは華丸21!」といっているところがあるので、18年前の録音って事になります。CDに落として遺影の前に置いてきた。
生前に連絡がほしかったけど、痛みでそれどころじゃなかったんだろうな。
ひとしが住んでいた部屋に今、ステーシーちゃんが暮らしていて、弔問客をむかえいれてくれるよ。大学時代の友人達に声をかけて総勢11人でおしかけたんだけど、いやな顔一つせずに、本当に心から喜んでぼくらをむかえいれてくれた。彼女と話していると本当にひとしのことを愛していてくれたのがビシビシと伝わってくる。ひとしは最後に彼女のような素敵な人と一緒にいれてしあわせだったと思う。
鎌倉に「まごころ」というビーチ沿いのダイニングバーがあって、ひとしは生前ここでよくあそびにきていたらしいです。ステーシーから聞いたのですが、オーナーはひとしのために入院費のカンパをつのったり埼玉までの送り迎えをかってでたり本当によくしてくれたらしいのです。ぼくもご飯を食べに行ったが残念ながらあえなかった。
まだ時期は未定だけど、「まごころ」で、ひとしを知る人で集まってパーティをやりたいという声があがっているんだって。写真やビデオをもってあつまってワイワイやろうと。もしパーティの日程がきまったらお知らせします。
http://allabout.co.jp/travel/travelyokohama/closeup/CU20060707A/
鎌倉には分骨されたお骨と遺影があります。ステーシーにも生活があるので弔問はできるだけまとまっていったほうがいいよな。行きたいヤツがいたら、アテンドするので電話ください。 090-6512-5956(華丸携帯)
心からご冥福をお祈りします。
http://openers.jp/fashion/news/tokyo_junpou/tokyo_report35.html
2008年09月21日
ひとしくんが亡くなりました
2008.9.20にひとしが住んでいた鎌倉の部屋にいってきたので、分かる範囲で情報をかきます。
2007.9月半ばにおれが鎌倉のひとしの家に遊びに行ったときは元気だったよ。由比ヶ浜の海岸で子供と一緒に海水浴を楽しみました。アメリカ人の彼女ステーシーちゃんも紹介してくれて一緒に遊んだな。
2003年くらいから鎌倉に住み始めたひとしくん。ずっと前から世界中を旅して、日本に帰る度に遊びにきてくれたりしていた。バックパッカーとして旅行中にジュエリーや皮細工の加工を覚えて、様々な作品をつくっていたよ。最近では徐々にそのスピリチュアルな作家性が認められ初めて、雑誌でとりあげられたりして人気が出てきていた。
2008年10月に「おなかが痛い」と東京の病院にいったらそのまま検査入院。6週間の検査後でた結論は「ステージ4の胃ガン」だったそうだ。※ちなみにステージ4とは末期ガンだそうだ。
実家から両親が出てきて鎌倉の部屋で闘病生活。
2008.4ごろに埼玉にある病院で痛みと闘いながら入院生活を送っていたそうです。
2008.5 病院でなくなったそうです。お葬式は鎌倉のアトリエ兼自宅で行われたらしいです。
同じ大学の後輩で、えびのライブツアーで一緒に全国をまわったひとし。クラブチッタワンマンではきじの格好をガッパと一緒にやってくれました。
ひとしとは、えびのほかに「クンタキンテ」というバンドをやっていて、そのころのテープを聞いたよ。ふたりともRCが大好きで、たくさん曲をつくってテープにふきこんでいた。テープの中でひとしが「おいらはひとし!19歳!」「おいらは華丸21!」といっているところがあるので、18年前の録音って事になります。CDに落として遺影の前に置いてきた。
生前に連絡がほしかったけど、痛みでそれどころじゃなかったんだろうな。
ひとしが住んでいた部屋に今、ステーシーちゃんが暮らしていて、弔問客をむかえいれてくれるよ。大学時代の友人達に声をかけて総勢11人でおしかけたんだけど、いやな顔一つせずに、本当に心から喜んでぼくらをむかえいれてくれた。彼女と話していると本当にひとしのことを愛していてくれたのがビシビシと伝わってくる。ひとしは最後に彼女のような素敵な人と一緒にいれてしあわせだったと思う。
鎌倉に「まごころ」というビーチ沿いのダイニングバーがあって、ひとしは生前ここでよくあそびにきていたらしいです。ステーシーから聞いたのですが、オーナーはひとしのために入院費のカンパをつのったり埼玉までの送り迎えをかってでたり本当によくしてくれたらしいのです。ぼくもご飯を食べに行ったが残念ながらあえなかった。
まだ時期は未定だけど、「まごころ」で、ひとしを知る人で集まってパーティをやりたいという声があがっているんだって。写真やビデオをもってあつまってワイワイやろうと。もしパーティの日程がきまったらお知らせします。
http://allabout.co.jp/travel/travelyokohama/closeup/CU20060707A/
鎌倉には分骨されたお骨と遺影があります。ステーシーにも生活があるので弔問はできるだけまとまっていったほうがいいよな。行きたいヤツがいたら、アテンドするので電話ください。 090-6512-5956(華丸携帯)
2007.9月半ばにおれが鎌倉のひとしの家に遊びに行ったときは元気だったよ。由比ヶ浜の海岸で子供と一緒に海水浴を楽しみました。アメリカ人の彼女ステーシーちゃんも紹介してくれて一緒に遊んだな。
2003年くらいから鎌倉に住み始めたひとしくん。ずっと前から世界中を旅して、日本に帰る度に遊びにきてくれたりしていた。バックパッカーとして旅行中にジュエリーや皮細工の加工を覚えて、様々な作品をつくっていたよ。最近では徐々にそのスピリチュアルな作家性が認められ初めて、雑誌でとりあげられたりして人気が出てきていた。
2008年10月に「おなかが痛い」と東京の病院にいったらそのまま検査入院。6週間の検査後でた結論は「ステージ4の胃ガン」だったそうだ。※ちなみにステージ4とは末期ガンだそうだ。
実家から両親が出てきて鎌倉の部屋で闘病生活。
2008.4ごろに埼玉にある病院で痛みと闘いながら入院生活を送っていたそうです。
2008.5 病院でなくなったそうです。お葬式は鎌倉のアトリエ兼自宅で行われたらしいです。
同じ大学の後輩で、えびのライブツアーで一緒に全国をまわったひとし。クラブチッタワンマンではきじの格好をガッパと一緒にやってくれました。
ひとしとは、えびのほかに「クンタキンテ」というバンドをやっていて、そのころのテープを聞いたよ。ふたりともRCが大好きで、たくさん曲をつくってテープにふきこんでいた。テープの中でひとしが「おいらはひとし!19歳!」「おいらは華丸21!」といっているところがあるので、18年前の録音って事になります。CDに落として遺影の前に置いてきた。
生前に連絡がほしかったけど、痛みでそれどころじゃなかったんだろうな。
ひとしが住んでいた部屋に今、ステーシーちゃんが暮らしていて、弔問客をむかえいれてくれるよ。大学時代の友人達に声をかけて総勢11人でおしかけたんだけど、いやな顔一つせずに、本当に心から喜んでぼくらをむかえいれてくれた。彼女と話していると本当にひとしのことを愛していてくれたのがビシビシと伝わってくる。ひとしは最後に彼女のような素敵な人と一緒にいれてしあわせだったと思う。
鎌倉に「まごころ」というビーチ沿いのダイニングバーがあって、ひとしは生前ここでよくあそびにきていたらしいです。ステーシーから聞いたのですが、オーナーはひとしのために入院費のカンパをつのったり埼玉までの送り迎えをかってでたり本当によくしてくれたらしいのです。ぼくもご飯を食べに行ったが残念ながらあえなかった。
まだ時期は未定だけど、「まごころ」で、ひとしを知る人で集まってパーティをやりたいという声があがっているんだって。写真やビデオをもってあつまってワイワイやろうと。もしパーティの日程がきまったらお知らせします。
http://allabout.co.jp/travel/travelyokohama/closeup/CU20060707A/
鎌倉には分骨されたお骨と遺影があります。ステーシーにも生活があるので弔問はできるだけまとまっていったほうがいいよな。行きたいヤツがいたら、アテンドするので電話ください。 090-6512-5956(華丸携帯)
2008年09月21日
樽木栄一郎オフィシャルサイトをつくりました
知り合いから樽木栄一郎さんという素敵なミュージッシャンを紹介していただきまして。彼のプロフィールについては、webサイト・バイオグラフィをみていただくとよくわかるのですが、webまわりのデザインを全体的にさせていただきました。
ウーマスタジオを利用してのムービー・スチールの撮影からFLASHオーサリング(special thanx Re:graph)wordpressによるCSS管理〜KtaiEntryにて携帯投稿、KtaiStyleにて携帯サイトにも情報を反映というところがフル装備感でよろしいのではないでしょうか。
”音楽に命を賭ける”とよくいいますが、樽木くんは文字通り人生を賭けて音楽と向き合っておられます。彼は普段ユーモアたっぷりなキャラクターなのですが、いったん楽器を手にすると、その声とギターが心の深いところにしみこんでくるようなサウンドをかなではじめるのです。その音の向こうに、彼の音楽に賭ける情熱の深さがかいまみえます。webサイトをつくるときに、「たるきくんのwelcomeソングを流したい」とおねがいしたところ、こんなステキなジングルをつくってくれました。うれしくて何度もきいちゃったよ。
ぜひみなさん。サイトを訪れて彼のファンになってください。そしてライブにあしを運んでここちよい時間をすごしてくださいね。
www.taruki.info
ウーマスタジオを利用してのムービー・スチールの撮影からFLASHオーサリング(special thanx Re:graph)wordpressによるCSS管理〜KtaiEntryにて携帯投稿、KtaiStyleにて携帯サイトにも情報を反映というところがフル装備感でよろしいのではないでしょうか。
”音楽に命を賭ける”とよくいいますが、樽木くんは文字通り人生を賭けて音楽と向き合っておられます。彼は普段ユーモアたっぷりなキャラクターなのですが、いったん楽器を手にすると、その声とギターが心の深いところにしみこんでくるようなサウンドをかなではじめるのです。その音の向こうに、彼の音楽に賭ける情熱の深さがかいまみえます。webサイトをつくるときに、「たるきくんのwelcomeソングを流したい」とおねがいしたところ、こんなステキなジングルをつくってくれました。うれしくて何度もきいちゃったよ。
ぜひみなさん。サイトを訪れて彼のファンになってください。そしてライブにあしを運んでここちよい時間をすごしてくださいね。
www.taruki.info
2008年09月13日
ハラシヤ 第一話
カツキはプロダクションに勤務して、二年目のADだ。
仕事は報道系の番組を制作する。なにか特別な事件が起きない限り、ディレクターからわたされた香盤表にそって必要な素材をあつめていく。タレントの手配や放送作家とのカッコいいやりとりは夢のまた夢。いまは、必要なものを運んだりしまったり手配したりやっぱりいらなくなったりと、この上ない忙しさだ。食事はもっぱらロケ先で支給される(といっても人数分をカツキがかってくるのだが、、、)弁当ですませる。収録は深夜におよび、放送に間に合わすためにはそのまま編集スタジオで徹夜、という事もよくあった。
カツキには一年先輩のユミという先輩ADがいた。年は一緒だったのだがADのキャリア一年はデカい。右も左もわからずにおろおろしていた入社したてのカツキをどなりつける大先輩のディレクターを、軽い冗談交じりにいなしたユミの笑顔は、ヨシキの目にベテラン社会人にうつった。とにかくそういうわけで、同じ年にもかかわらず「さん付け」で敬語を使うヨシキだった。
「おい、今晩までに露天風呂を手配するんだ。」時計を見ると五時半だ。「え!?熊いまからですか?」「再現の撮影で温泉宿の露天風呂の絵が急遽必要になったんだよ。関東近郊でいまから貸し切れるところをあたるんだ、それと。。。」ディレクターはまくしたてた。きっと自分では全く気がついていないんだろうが、そうとうな口臭の持ち主だ。特に現場で小声で説教をくらうときには耳元でしゃべられるからタマらない。いつかソレが原因で、失脚しやがれとカツキはひそかに思っていた。「それと。。。。?なんですか?」撮影は明日の朝イチからなんだが、雨がな、、、心配なんだ。降らすなよ。」「は?」「雨を降らすなって言ってんだよ。頼むぞ。」冗談とも本気とも分からない顔をして、あわてて携帯電話をとりながらドアをあけていってしまった。
ロケ地といってもいろいろある。再現といってもいろんな再現がある。同じように雨を降らせないようにする方法にもいろいろあるだろう。カツキはこういう場合、無糖の缶コーヒーを買ってきて、まずはウィキペディアを開くのが行動パターンになっていた。とにかく時間がない。まずは小銭入れをもって自動販売器に、、、、「これ?」ふりむくとユミがいた。手にはいつもの無糖コーヒーがふたつある。やわらかく細い指の織り間借り方を見ると、それがホットだとういうことがわかった。「ユミさん。。。びっくりした!」「ちょうど編集からかえってきたら、ヨシダさんがでていくとこだったら。カツキンあせってんだろうなと思ってさ。今からロケ地選ぶんだって?」「そうなんすよ。なんかやたら時間ないんですよね。。。あ、コーヒーありがとうございます。」「あたしも収録行くから、一緒に動くんで。」といいながら缶コーヒーのリングプルをひく/眠気覚ましのガムをみっつ同時にくちに放り込む/パソコンの電源を入れる/携帯の充電器をつなぐ。。。これらをほぼ同時に一瞬におわらせながら机についた。ユミのいつもながらの身のこなしの早さに、ヨシキはしばし見とれたが自分のやるべき事を思い出しあわててノートパソコンをのぞき込んだ。
ヨシキが入社したときはすでに一人一台のPCがあった。仮に会社から支給されていなくても自分で入手しなければとてもじゃないけど日常業務に手が回らない。メールでの指示はもちろん、タレントの所属事務所や収録スタジオの使用料金、天気から株価、ゴシップ記事やそのニュースにまつわるクチコミまで、ありとあらゆる情報が手に入る。同世代のADが、会社からパソコンが支給されずに、もっぱら携帯電話でやりとりをしていると嘆いていた。10年前のAD達はいったいどうやってうごいていたのか不思議にさえなってくる。
パソコンのキーボードをかたかたとならし、情報の海にダイブする。「おんせん・ロケ・関東」で検索してみる。そうだ、天気はどうなっているんだ?神奈川方面にいくのか千葉方面に行くのか。。。シーズンオフとはいえ、まだまだ旅行客はいるだろう。貸し切れるくらい地方で、しかも雨が降らないところ。。。。。「あめ 晴れ 温泉」検索ボタンをおして気がついた。こんなキーワードじゃ目的の結果は得られない。せいぜい個人のブログがひっかかるくらいだろう。。。。。ページが表示され、ヨシキは一行目に表示される広告欄で目をとめた。
「究極の晴れ男が、必ず晴らします。雨を降らせません。撮影現場/ロケ地(映画撮影・温泉・体育祭・イベント・行事・・・・」
究極の晴れ男?いかがわしいにも程がある。奇抜な言葉でまったく違う商品を売りつけるフィッシング広告というものがある。これもそのたぐいなのか?ちらと横目で、ユミを見る。やはりノートパソコンに向かいガチャガチャとなにかを調べている。めがねにモニターの青白い反射光が理知的なムードをだしている。しかし、カムのを忘れてポカっとあいたくちの中にみっつ分のガムが申し訳なさそうにのぞいている。ADをやると女性といえどもこういった恥じらいみたいなものはなくなっていくものなのだろうか。
パソコンに目をおとし、カツキは時間が無い中こんなサイトにつられている場合じゃないのになと思いながらも、とりあえずクリックをしてページを表示した。一分だけ見て、次の検索をしよう。クリックするとカツキの目に「ようこそ、ハラシヤへ」の文字が飛び込んできた。;
(第二話に続く)
仕事は報道系の番組を制作する。なにか特別な事件が起きない限り、ディレクターからわたされた香盤表にそって必要な素材をあつめていく。タレントの手配や放送作家とのカッコいいやりとりは夢のまた夢。いまは、必要なものを運んだりしまったり手配したりやっぱりいらなくなったりと、この上ない忙しさだ。食事はもっぱらロケ先で支給される(といっても人数分をカツキがかってくるのだが、、、)弁当ですませる。収録は深夜におよび、放送に間に合わすためにはそのまま編集スタジオで徹夜、という事もよくあった。
カツキには一年先輩のユミという先輩ADがいた。年は一緒だったのだがADのキャリア一年はデカい。右も左もわからずにおろおろしていた入社したてのカツキをどなりつける大先輩のディレクターを、軽い冗談交じりにいなしたユミの笑顔は、ヨシキの目にベテラン社会人にうつった。とにかくそういうわけで、同じ年にもかかわらず「さん付け」で敬語を使うヨシキだった。
「おい、今晩までに露天風呂を手配するんだ。」時計を見ると五時半だ。「え!?熊いまからですか?」「再現の撮影で温泉宿の露天風呂の絵が急遽必要になったんだよ。関東近郊でいまから貸し切れるところをあたるんだ、それと。。。」ディレクターはまくしたてた。きっと自分では全く気がついていないんだろうが、そうとうな口臭の持ち主だ。特に現場で小声で説教をくらうときには耳元でしゃべられるからタマらない。いつかソレが原因で、失脚しやがれとカツキはひそかに思っていた。「それと。。。。?なんですか?」撮影は明日の朝イチからなんだが、雨がな、、、心配なんだ。降らすなよ。」「は?」「雨を降らすなって言ってんだよ。頼むぞ。」冗談とも本気とも分からない顔をして、あわてて携帯電話をとりながらドアをあけていってしまった。
ロケ地といってもいろいろある。再現といってもいろんな再現がある。同じように雨を降らせないようにする方法にもいろいろあるだろう。カツキはこういう場合、無糖の缶コーヒーを買ってきて、まずはウィキペディアを開くのが行動パターンになっていた。とにかく時間がない。まずは小銭入れをもって自動販売器に、、、、「これ?」ふりむくとユミがいた。手にはいつもの無糖コーヒーがふたつある。やわらかく細い指の織り間借り方を見ると、それがホットだとういうことがわかった。「ユミさん。。。びっくりした!」「ちょうど編集からかえってきたら、ヨシダさんがでていくとこだったら。カツキンあせってんだろうなと思ってさ。今からロケ地選ぶんだって?」「そうなんすよ。なんかやたら時間ないんですよね。。。あ、コーヒーありがとうございます。」「あたしも収録行くから、一緒に動くんで。」といいながら缶コーヒーのリングプルをひく/眠気覚ましのガムをみっつ同時にくちに放り込む/パソコンの電源を入れる/携帯の充電器をつなぐ。。。これらをほぼ同時に一瞬におわらせながら机についた。ユミのいつもながらの身のこなしの早さに、ヨシキはしばし見とれたが自分のやるべき事を思い出しあわててノートパソコンをのぞき込んだ。
ヨシキが入社したときはすでに一人一台のPCがあった。仮に会社から支給されていなくても自分で入手しなければとてもじゃないけど日常業務に手が回らない。メールでの指示はもちろん、タレントの所属事務所や収録スタジオの使用料金、天気から株価、ゴシップ記事やそのニュースにまつわるクチコミまで、ありとあらゆる情報が手に入る。同世代のADが、会社からパソコンが支給されずに、もっぱら携帯電話でやりとりをしていると嘆いていた。10年前のAD達はいったいどうやってうごいていたのか不思議にさえなってくる。
パソコンのキーボードをかたかたとならし、情報の海にダイブする。「おんせん・ロケ・関東」で検索してみる。そうだ、天気はどうなっているんだ?神奈川方面にいくのか千葉方面に行くのか。。。シーズンオフとはいえ、まだまだ旅行客はいるだろう。貸し切れるくらい地方で、しかも雨が降らないところ。。。。。「あめ 晴れ 温泉」検索ボタンをおして気がついた。こんなキーワードじゃ目的の結果は得られない。せいぜい個人のブログがひっかかるくらいだろう。。。。。ページが表示され、ヨシキは一行目に表示される広告欄で目をとめた。
「究極の晴れ男が、必ず晴らします。雨を降らせません。撮影現場/ロケ地(映画撮影・温泉・体育祭・イベント・行事・・・・」
究極の晴れ男?いかがわしいにも程がある。奇抜な言葉でまったく違う商品を売りつけるフィッシング広告というものがある。これもそのたぐいなのか?ちらと横目で、ユミを見る。やはりノートパソコンに向かいガチャガチャとなにかを調べている。めがねにモニターの青白い反射光が理知的なムードをだしている。しかし、カムのを忘れてポカっとあいたくちの中にみっつ分のガムが申し訳なさそうにのぞいている。ADをやると女性といえどもこういった恥じらいみたいなものはなくなっていくものなのだろうか。
パソコンに目をおとし、カツキは時間が無い中こんなサイトにつられている場合じゃないのになと思いながらも、とりあえずクリックをしてページを表示した。一分だけ見て、次の検索をしよう。クリックするとカツキの目に「ようこそ、ハラシヤへ」の文字が飛び込んできた。;
(第二話に続く)



